私は天使なんかじゃない








アップタウンへの切符






  笑う者の陰では必ず泣く者がいる。
  世の中他人を蹴落として成り立つもの。どんなに奇麗事を言ってもそれは真理であり真実だ。
  支配者を倒しても次の者が支配者になるだけ。
  要はどれだけ有能かだ。

  無能な聖人君子はただの害悪でしかない。
  もちろん支配者を倒した後の次の権力の座を望む者が必ずしも善人とは限らないのだけれども。






  アリーナで2勝した翌朝。
  ダウンタウンのミディアの部屋。彼女は私を労いながら送り出してくれた。
  「いい? 必ず勝つのよ?」
  「まあ、私も死ぬ気はないわ」
  「最後の相手を倒したらおそらくアッシャーから晩餐の誘いが来るわ。奴の屋敷に入ったら隙を見て治療薬を奪って。隙はこちらで作るわ」
  「それはいいんだけど治療薬って結局どんなもの?」
  「あなたは屋敷に入り込んで」
  「はっ?」
  「こっちで何とかする」
  「……」
  不信を込めて私は彼女を見る。
  やっぱりだ。
  やっぱりミディアは私に治療薬を奪わせる気はないのだ。どのようなものかすら教えないのだから……おそらく私自身が陽動なのだ。そして
  陽動である私を利用して治療薬を奪取する気なのだろうね、きっとさ。
  面白くない。
  面白くないです。
  利用されるのは大嫌い。
  ……。
  ……シーも利用される形でこの街に送り込まれたようだけど、彼女は既に自由気ままに振舞ってる。ワーナーとミディアに不信感を抱いているからだ。
  私もそうする?
  まあ、しばらくは踊ってやるとしましょう。
  もうちょっとだけね。
  「行って来るわ」
  アリーナに向かう。
  最終戦、頑張るとしよう。

  


  製鉄所。
  奴隷達……失礼、ここでは労働者と称されているんだった。少なくともアッシャーはそう呼んでいるらしい。
  まあ、レイダーも当人達も奴隷と思っているらしいけど。
  ともかくそんな彼ら彼女らの畏敬の視線を浴びながら私は製鉄所の地下にあるアリーナ参加者の控え室に向かう。
  途中レイダー達にも声を掛けられた。
  戦いは賭けの対象らしいから、私に賭けて儲けたレイダーからは賛辞の声、相手に賭けて損したレイダーからは憎悪の声。まあ気にしないけど。
  コツ。コツ。コツ。
  階段を下りる。
  フェイドラの声が聞こえて来た。誰かと喋っているようだ。
  誰だろ?
  足を止めて耳を澄ませてみる。

  「君のその勇猛さは実に好意に値しますよ。……いや。むしろ美しい。フェイドラ、おお、フェイドラ。高貴なその名と姿に感服と敬意を」
  「や、やだな、照れるじゃないか」

  ガク。
  私はよろめいた。
  あの声はデリンジャーのジョンだ。
  何してんだ、あいつ。
  見境ないなぁ。
  「デリンジャー」
  「ああ。お嬢さん。お元気そうですね」
  声をかけると金髪の女垂らしは微笑んだ。蜂蜜たっぷり含んだ微笑だ。大抵の女は落ちるだろうね。私は好きじゃないタイプだけど。
  フェイドラはバツの悪そうな顔をした。
  そりゃそうか。
  口説かれてる場面に私が現れたんだからね。
  もちろん別に邪魔をするつもりはない。それにデリンジャーのジョンに対して私は特に何の関心も持っていない。
  事務的に話す。
  「ここで何してる、デリンジャー」
  「依頼主から貴女の抹殺を頼まれています。しかし要は貴女が天に召されれば問題はないのですよ。それでフェイドラさんに最後の相手がどの
  ような方かを聞きに来たのです。実に有意義でした」
  「ふぅん」
  デリンジャーのジョンは口が軽いようで堅い。
  最低限しか情報を洩らさない。そういう人物だと私は認識している。
  フランクな感じに油断すると火傷する。
  それに。
  それに殺しの腕は長けているのは確かだ。
  殺し屋としての順位があるとすれば、こいつは確実に五指に入るだろう。狙われている身の私としては心を許せる相手ではない。
  常に最低限の警戒は必要だ。
  さて。
  「私が勝てない相手だと認識したわけ? 殺し屋さん」
  「普段のお嬢さんなら勝てるでしょうね」
  含みがある言葉だ。
  「何が言いたい?」
  「言葉のまんまですよ。今のお嬢さんは奴隷の身分。扱える武器も防具も普段のモノではない。……勝てるかなぁ」
  「ふふん」
  バッ。
  瞬時に銃を引き抜き相手の額に照準を合わせる。
  ニヤリと私は笑った。
  相手もだ。
  「……また、痛みわけね」
  「確かにそうですね、お嬢さん」
  私の強化型32口径ピストルは相手の額に向けられ、奴の手にあるデリンジャーは私の腹部に向けられていた。
  撃ち合う?
  まさか。
  今の傍だのお遊びのようなものだ。
  銃をホルスターに戻すと彼は微笑みながら背を向けて歩き出す。
  「健闘を祈ってますよ」
  そのまま歩き去る。
  デリンジャーのジョン、奇妙な奴だ。あれで凄腕の殺し屋なんだから世間って意外性に満ちている。
  さて。
  本題に戻ろう。
  「フェイドラ、最後の試合の出場するわ」

  「これが最後の戦いだよ。次も勝てば、もうお前を誰も奴隷呼ばわりできないんだ。用意はいいかい?」
  「当然。ここに遊びに来てると思ってんの?」
  「それでこそあんたさっ!」
  「最後の相手は誰?」
  「グルーバーさ。ここで勝ち残った数少ない奴隷だよ。これまでに勝ち残ったのは……何人だっけ? 3人だったかな?」
  「グルーバー」
  デリンジャー曰く私は勝てない相手らしい。
  だけど普段の私なら勝てると言った。
  つまり。
  つまりグルーバーの持っている武器の性能が高いって事なのかな。
  武器の性能の差が戦力の決定的差でない事を教えてやるわーっ!
  ほほほ☆
  「どんな奴?」
  「あいつは血を見るのが好きでね。イカレてるのさ。アッシャーの戦士にならずにここで処刑人みたく奴隷を殺して遊んでるのさ。ついでに悪い知らせ
  を言っておこう、奴は一応はボスの1人だからね。結構良い銃を使ってくるよ」
  「あの銃か」
  「だから多分、あんたとお喋りするのはこれが最後だろうね」
  「そうね。チャンピオンになったら色々と忙しいからフェイドラと話す暇もないかもしれないわね」
  「いいねっ! そうこなくっちゃっ! さあ、行っておいでっ!」



  戦場に降り立つ。
  武器は腰に強化型32口径ピストル、手にはショットガン。……かなり骨董品のショットガンですけどねー。
  暴発しないだろうな、これ。
  怖いなぁ。
  観客の声援が飛び交う。
  そしてアナウンス。

  『1人の女性が自由を求めて死の荒野に足を踏み入れた。しかしそんな彼女の最後の相手はグルーバー、殺人マシーンだっ! 圧倒的な強さを
  誇るグルーバーっ! この穴蔵で奴に敵う者などいないっ! 彼女はここで残忍な公開処刑されてしまうのかっ!』

  されません。
  されませんとも。誰が残忍な公開処刑などされるもんか。
  確実に勝つっ!
  勝てる根拠?
  だって私は主人公だもん。
  死んだらそこで物語終了です。第一部完です。
  ゲートが開く。
  開くと同時に私は横に転がった。
  静かな銃撃が私の立っていた場所を一斉掃射したからだ。ピット限定の例の自動小銃を手にしている。
  ふぅん。
  強力なのは銃火器だけで銃の腕は大した事がないらしい。
  大した相手じゃあない。
  ……。
  ……だけどあいつの恰好は何だ?
  あのアーマーは何?
  ヘルメットまで被ってる。
  まあいい。
  「食らえっ!」
  ばぁん。
  ばぁん。
  ばぁん。
  ばぁん。
  ばぁん。
  強化型32口径ピストルの5連発で放つ。小型拳銃は火を吹く。
  狙いは全て的確。完璧。絶対。
  だけど……。
  「くくくっ! きかぁーんっ!」
  「ちっ」
  まともに受けたはずの銃弾を物ともせずにグルーバーの持つインフィルトレイターは大量の銃弾を吐き出す。
  お釣りが出るほどだ。
  私には弾丸が見える。見えるけど……相手の展開している弾幕ではさすがに近付けない。
  お返しとばかりに撃ち返すものの奴のアーマーが全て弾く。
  面倒な。
  グルーバーがチャンピオンとして君臨している最大の理由は銃とアーマーの性能が常に相手よりも勝っているからだろう。確かに相手を圧倒
  するほどの火力であり防御力だ。それは認めるし勝つ最大の要因にもなるだろうけど私には通じない。
  通じるもんかっ!
  銃弾を回避しつつ私は間合いを詰める、相手を牽制しつつ強化型32口径ピストルをぶっ放す。
  通じないけど当たる度に相手はよろける。
  それが付け入る隙だ。
  接近。
  接近。
  接近っ!
  私はショットガンを構える。まだ距離は離れているけど一撃の攻撃力の高さは強化型32口径ピストルよりも上だ。
  相手もそれを理解しているのだろう。
  自動小銃を乱射しながら手近にあるドラム缶の裏に隠れた。
  放射性物質満載のドラム缶だ。
  あの特注アーマーは放射能に対しての耐性もあるのかな?
  だとしたらずるい。
  ショットガンを構える。ドラム缶を貫通して相手に何らかのダメージを与えられるはずだ。少なくとも相手は引っくり返る。元込め式だから連射は
  効かないけど相手が引っくり返しさえすれば間合いを詰めて強化型32口径ピストルで勝負を決められる。
  食らえっ!
  もちろん距離が離れているから正確で安定な一撃は無理。どうしても武器の特製上攻撃力は半減してしまう。
  だけど牽制程度にはなるだろう。
  ショットガンの引き金を引く。
  バァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  「……つぅっ!」
  不意に世界は暗転、天井が目の前にあった。
  ……。
  ……な、何故に?
  私の手の中にはボロボロになったショットガンの銃身。
  一瞬意味が分からない。
  何が起きたの?
  相手からの攻撃ってわけではなさそうだ。
  これってつまり……。
  「シーの奴ーっ!」
  暴発したのか、ショットガンっ!
  粗悪品渡しやがって覚えてろよシーめぇーっ!
  私はすぐに立ち上がる。
  相手さんはドラム缶の後ろに隠れたままだ。
  ガチャァァァァァァァァァァァンっ!
  奴が隠れているドラム缶に向って壊れたショットガンを投げ付ける。
  「出て来なさいっ! チャンピオンっ!」
  私は叫ぶ。
  チャンピオンとしての意地はあるのだろう、挑発されて出てくる。もちろん今まで勝ち抜いてきただけあってチャンピオンのグルーバーは悠然としていた。
  奴は見る。
  近くに転がる暴発して使い物にならなくなったショットガンの残骸を。
  ニヤリと笑った。
  あのアーマーは特注品なのだろう。強化型32口径ピストルでは歯が立たない。エリニースも似たようなの着てたけど……特注品なんだろうね、きっとさ。
  あんな完全防弾が出回ってるはずがないのだよ。
  チート過ぎるし。
  あんなのが普通に出回ってたら世も末だしさ。バランスブレーカーの極みです。
  特注として金掛けた代物なのは確かだ。
  パワーアーマーですら完全防弾ではないのだからね。
  てかキャップさえ掛ければあんな防具も作れるなら私も作ろうかな。
  さて。
  「女、ここまでだなっ! 奴隷は奴隷らしく地に這うのがお似合いだっ!」
  「その言葉」
  「うん?」
  「その言葉、そっくりそのまま返すわ」
  ばぁん。
  私は発砲する。
  強化型32口径ピストルの一撃が奴の額に直撃。
  貫通出来ないにしても衝撃までは防げない。そして反動も。奴は大きく顔を後ろに仰け反る。
  今だっ!
  ばぁん。
  さらに1発撃つ。
  狙いは顎。
  大きく仰け反った顔の顎に叩き込む。するとさらに後ろに仰け反る。
  心地良くない音をさせながら。
  メキャっ!
  何の音?
  グルーバーから響く音だ。
  それは奴の首が折れる音。銃弾の衝撃で大きく仰け反り、さらに顎にその一撃を叩き込まれたので首が必要以上に負荷が掛かった為へし折れたのだ。
  ドサ。
  そのまま動かない。
  即死かどうかは分からないけど……まあ、どっちにしろ死ぬんだから同じだ。
  私は高らかに右手を掲げる。

  『グルーバーが負けたっ! チャンピオン失墜ですっ! 汚水に塗れた奴隷が自由を手にしました。おめでとうお嬢さんっ! 君が新しいチャンピオンだっ!』

  なるほど。
  グルーバー君は性能馬鹿だったわけか。
  まあ、良い銃は撃ちさえすれば勝てると思っているタイプも結構多いのだろう。チャンプもそんな1人だったってわけだ。
  良い勉強になったでしょう?
  大概代償は高いんですけどね、戦闘で何かを学ぶ場合はさ。
  ともかく。
  ともかく私は勝利した。
  これでアップタウン行きの切符を手にしたってわけよね。
  やったー☆



  勝利してフェイドラの元に戻る。
  フェイドラの側に1人のレイダーがそこにいた。
  男だ。
  誰だこいつ?
  ……。
  ……正直な話、レイダーの区別が私には付かない。ヒヨコの性別を見分けるようなものだ。それだけ難易度は高い。
  会った事がある奴なのかな?
  それすらも分からない。
  うーん。
  モイラのサバイバルガイドにレイダーの見分け方を記載してもらわないと。
  その男が口を開く。
  「なかなかの腕前だな。誉めてやるぞ」
  「誰あんた?」
  フェイドラが私に耳打ちした。
  「アッシャーの副官のクレンショーだよ。……副官といっても奴隷王の副官だからね、ボスの副官とは階級が異なる。この街のNO.2さ」
  「ふぅん。それで何か用?」
  敬意が必要?
  いらんだろ、別に。アッシャーの名代なんだろうけど結局はアッシャーではない。敬意は必要ない。
  もちろんアッシャー本人にも敬意なんて払ってないけどさ。
  さて。
  「大したもんだよ。お前はな。アッシャー様が晩餐を共にしたいそうだ。アップタウンのアッシャー様のパレスに来い」
  「すぐに?」
  「当然だ。いいな、アッシャー様を待たせるなよ」
  言うだけ言ってクレンショーは立ち去った。
  一緒に行こうとは言わないわけね。
  まあいいけど。
  フェイドラが私の肩を強く叩いた。
  「痛っ! ……何よ?」
  「あんたもあたし達の一員になったんだね。これからも頑張りなよ、ミスティっ!」